越前和紙

滝製紙所

「職人として」の紙漉きを心がける技術と心構え

 

約1500年の歴史がある越前和紙の産地、福井県今立地区。今でも紙漉きに関わる会社が50社も集まる、日本最大の和紙産地です。

そんな長い歴史の中で、さまざまな転換期に立ち会いながらも先駆者的立ち位置で走り続けている会社があります。

株式会社滝製紙所は約150年の歴史を持ち、時代に合わせて紙の質感から用途、製法まで、変化に対応し続けてきた和紙の会社です。和紙であること、職人であること、作ることにこだわりを持ち、独自の路線でものづくりを行ってきました。

そんな滝製紙所の瀧英晃さんに、そのこだわりを伺います。

 

全国でもたった5軒、大紙屋としての生業

滝製紙所は大紙をメインとする和紙漉きの会社です。大紙とは襖紙をはじめとした内装材として使われる紙のこと。滝製紙所では最大1.7m×3m(※一番長い和紙の場合:1.2m×3.5m)の大きさまで漉くことができ、建築内装などの「素材」として、家庭用の紙だけでなく幅広く和紙の価値を追求しています。

大紙の手漉きは基本的に2人で行われます。大きな漉桁を持ち上げ、原料を掬い、揺する。この工程を繰り返して、必要な厚みを作っていきます。一見、単純そうに見えますが、実際は頭を使って細部まで気を配らなければならない技術です。紙の厚さを見分ける判断や、繊維同士を絡ませる動かし方など、経験でしか培われない点が多くあります。1人きりではできず、職人2人の呼吸を合わせることが重要な技です。

現在、手漉き(流し漉き)で大紙を手がける会社は全国にたった5社。その全てが越前和紙の産地に集まっています。1500年の越前和紙の歴史において大紙は比較的新しく、大正時代頃から始まりました。もともとは滝製紙所も奉書と呼ばれる小さい紙を漉いていましたが、1916年に大紙づくりに移行しました。今では需要の減少している襖紙ですが、戦後の経済成長期には漉けば飛ぶように売れたそうです。

 

 

産地でも唯一無二。手漉きと機械漉きの両輪ができる工場

滝製紙所は前述の手漉きに加えて、大紙の機械漉きも行っています。

大紙の手漉きと機械漉きの両方ができる会社は2社しかなく、そのうちの1社が滝製紙所です。機械漉きだけの会社は他にもありますが、両方をしていることで手漉きの模様づけ技術を機械漉きで活かすことが可能です。今の時代では新しい機械の導入も難しく、大紙サイズではとてつもないスペースが必要となるため、貴重な存在でもあります。

滝製紙所の機械漉きの特徴は大きく2点。「手漉きのような和紙の風合いを出せること」と、「抄紙の幅が最大2m5cmであること」です。

機械漉きでも、和紙であることには変わりません。しかし、どうしても乾燥の効率化のため、機械漉きでは表面がツルツルしたものになってしまいます。これに対して、滝製紙所の機械では乾燥のタイミングでひと手間加える独自の構造を持っています。より手漉き和紙らしい風合いを作るため、ざらざらとした柔らかい感触を生み出すことが可能になりました。さらに、他の機械にはない、手漉きの技術である「水切り」の孔雀柄等を作る機能も搭載。

これらは、滝製紙所のオリジナルの機械だからこそできる技術です。瀧英晃さんの祖父が独自に設計し、今の機械を作り上げました。「早くから機械を導入したため、機械漉きの特色を知り、手漉きをやっていたからこそ機械にも応用することができた。」といいます。手漉きと機械漉きの両方を考慮できることで、より柔軟な紙漉きを滝製紙所では可能にしました。


乾いた紙が機械の中を流れていく様子。紙にけば立ちがあるのがわかる。

もう一つの利点、2m幅で紙を漉くことができること。これもなんと産地では2社しかできない技術であり、上記のような手漉き和紙のような模様付けは滝製紙所にしかできないといいます。

一般的な機械であれば、1m幅で漉いて2m(襖紙のサイズ)で裁ち落としていく。しかしこの方法では、機械を流れる方向が1方向しかないため、縦の柄しか作ることができません。それに対し、2mで漉いたものは襖紙サイズを縦でも横でも取ることができ、作れる種類の幅を大きく広げます。

このおかげで、滝製紙所では手漉きの紙も機械漉きに置き換えるという臨機応変な対応が可能になりました。手漉き特有の複雑な柄も大量に抄紙できます。

 

 

新しい紙を生み出し続ける、産地随一の和紙漉きの対応力

大紙を漉く会社は5社ありますが、滝製紙所の特色は「単色で相当な模様数を漉くことができる」こと。
「色を使えばいくらでもできてしまって、飽きてしまう。だからこそ単色で模様の紙を漉くことに拘っている。」
シンプルではありますが、実際に生み出される種類の多さは計り知れません。

普段から伝統的な模様に限らず、作家やデザイナーが要望する創作性の高い紙も積極的に受け入れている滝製紙所。培ってきた大量の技術のストックと柔軟な発想力を活かして幅広く対応しています。また、依頼があってからの試作品の提出の早さにも自信があるといいます。「何かあれば滝製紙所」と頼ってしまう信頼の厚みがありますね。

手漉き和紙へのこだわりは、2005年に会社に戻ってきた瀧さんが変化させました。

もともと、今受けているような創作性の高い紙は特注品としての扱いでした。特注というのは1回きりしか作らない、いわば作家のような仕事。これに対し、瀧さんは「せっかく職人がやるのであれば、何枚作っても同じクオリティを担保できるっていうことをやりたかった。」と今の職人としてのスタンスに力を入れます。

滝製紙所に依頼される紙は、本当に幅が広いです。
例えば、テオ・ヤンセンという世界的にも有名な作家の作品に滝製紙所の紙が使用されました。「ストランドビースト」という風を受けて歩く構造体。その「帆」となる重要な部分に使われる紙を漉いて欲しいと依頼です。屋外で使用するため、雨風に強く破れない、その上でどう軽く仕上げるかが難題だったといいます。その他にも、西陣織の凹凸のあるテクスチャーを壁紙として再現する、立体物を紙に漉き込むなど、想像もつかないような創作紙に対応してきました。

どうやって、毎回違う創作性の高い紙であっても「職人」として同じ品質のものを作り続けていけるのでしょうか。

滝製紙所ではまずはじめに、瀧さんだけでなく従業員全員が依頼された紙を作れるように漉き方を体に覚えさせます。それができて初めて、本番の紙漉きを請け負っています。「職人」であれば、いつ同じような依頼が来ても全く同じ紙が漉けなければいけません。そのために、どんな紙でも会社の全員が作ることができる「技法」に落とし込んでいるといいます。

「想像力に制限を作らんかったらいくらでもどうにかなる。でも、そこにルールをつくる。一発目は全想像力をはたらかせてやる。徐々にルールを作っていって、狭めていってその中でできるようにする。次使う人のことを考えると、紙が1回目はできたけど、2回目できないは話にならない。僕しかできない、他ができないでのあればそれも削る。うちの会社としてできるっていう技法にして出す。じゃないと僕、作家さんみたいになる。」

積極的な紙漉きの受け入れ態勢のもとで培われた大量の技術のストック。今ではどの模様の紙がメインなのかもわからないといいます。それでいて、作家やデザイナーを尊重し、裏方に徹底するスタンスを欠かしません。

「1つ先のお客(問屋)さんが喜ぶのは当たり前。2つ先のお客さんが喜んでもらえるものづくりをモットーにしている。貼る人が貼りやすいだとか、ゴミを取らなくてもいいようにとか。作家さんだったら美しく見えるようにだとか。頼まれていなくてもお客さんのことを想像してこそっとやる。これを会社のアベレージにしたい。」

他の会社と比べることはできませんが、これほどの柔軟性は産地でも随一だと言えるでしょう。

 

 

全国でも唯一の「檀紙」を漉く技術

創作的な和紙作りもしている滝製紙所ですが、ここにしかできない伝統的な紙もあります。

それは「檀紙」という紙。ちりめん状のしわが特徴的な高級紙です。この紙を作ることができるのは全国的に2社しかなく、大紙となると滝製紙所しかありません。

生産方法も極めて手間のかかるもので、真夏の1ヶ月半でたった60枚程度※しか作れず、その期間は檀紙だけに集中するとのこと。原料を作るのにも時間がかかり、漉く際も工場をサウナのような過酷な状態にしないと漉くことのできない、相当手間のかかる紙。

しかし、生きている人で、作ることのできる人がもう他にいないのだそうです。

※普段の紙漉きでは午前中で100枚漉ける和紙もある。


写真の柄は「大鷹」。皺の大きさで他にも小鷹、中鷹がある。また技法の組み合わせにより様々な応用形がある。

瀧さんによると、本来であれば檀紙の紙漉きは一子相伝の技。しかし、襖判檀紙を製造できるのは滝製紙所しかありません。この現状に危機感を感じ、最近ではこの檀紙を漉く際は同じ産地の若手職人を見学に呼んでます。

手漉きの大紙が残る唯一の産地。伝統を残していくことも自分たちの責務だといいます。

 

 

職人として会社のこれからを思う

「アーティストと職人。アーティストは自分の作りたいものを他人が評価して初めて価値がある。職人やデザイナーは相手が評価してくれないと商品として成り立たない。アーティストみたいにものづくりをしてしまうと、自分自身が評価されなくなったときにオーダーが来なくなってしまう。」

若手の頃、瀧さんはデザイン事務所出身だったために会社に戻ってきたときは注目されることが多かったといいます。自分だけが注目されて取材される環境。瀧さんにはこれが違和感でした。

大紙の紙漉きは一人ではできません。ずっと現場で和紙を漉いてくれる従業員がいるからこそ、さまざまな和紙づくりをすることできてきました。

「自分自身がアートが好きだし、色んなものも作りたい。でも、戻ってきた最初の頃は和紙作家さんみたいな風に紙漉きするのは職人としての逃げに感じた。基礎ができてないうちにイレギュラーな和紙ばかり漉いて、あいつ作品みたいなもんしかできんのやって言われたくなかった。
今ではいろんな紙が漉けるようなった。普通の紙も。いろいろ紙が漉けるようになって個人の名前で出してもいいなって思えるようになってきたけど、でも今は別に個人を売りたいわけじゃないしなって。」

「個人で作れたとしても背景には支えてくれている従業員さんがいる。そうであれば、主役は従業員さんの方がいい。個人で売った方がいい事もあるのだろうけれど、ずっと個人にフィーチャーされるのであれば興味も湧かない。」

「人がいてなんぼの会社やと思う。」

これからの時代も産地の先駆者として新しい紙に柔軟に立ち向かっていく。
そして多くの紙が世に放たれていき、多くの技術がこれからも記録として残されていきます。「滝製紙所」がどう産地に貢献していくか。
彼らの活躍がとても楽しみです。

 

 

▼会社情報・お問い合わせ先
・企業名:株式会社滝製紙所
・住所:〒915-0234 福井県越前市大滝町27-30
・電話番号:0778-43-0332
・メールアドレス:info@takiseishi.com
・サイトURL:http://www.takiseishi.com/
・従業員数:5名
・設立:1875年創業
・問い合わせ方法:メールまたは電話、HPの問い合わせフォーム

(文:深治遼也)

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