越前和紙

やなせ和紙

「暮らしの中に和紙がある」を目指して真摯に紙を漉く

 

近年では和室が住環境からなくなりつつあり、襖紙をはじめ日常に和紙を見る機会も少なくなってしまいました。越前和紙の産地もその変化に大きな打撃を受けており、会社の持続が危ぶまれているところも少なくありません。

そんな中でも、絶えず和紙のことを思い、そして産地の将来に熱い目を向ける会社があります。

有限会社やなせ和紙は設立から約50年。手漉きで、本鳥の子紙などの無地の襖紙や、雲肌などの模様のある襖紙を製造する会社です。

手漉きで大判の紙を漉く会社は全国でもたったの5社。そのすべてが越前和紙の産地にあり、やなせ和紙もその一つです。漉く紙の質は高く、国宝級の文化財やお寺に紙が使われているほど。

大判の紙漉きの特徴は、2人で紙を漉くことです。そのため、職人同士の息がぴったり合うことが大切になります。
紙を漉いて、桁(紙を漉く道具)から外し、漉いた紙を重ねていく。その一連の淀みない動作にはっと息を呑んでしまう人も多いはずです。

やなせ和紙は1975年に設立。一族としては分家であり、もとは機械漉きと手漉きの両方を行う会社から独立して生まれました。機械漉きは襖紙やお菓子の包装紙、折り紙を作る、手漉きは住宅用の大きな紙がメインです。戦後、住宅が大量に建てられる時代にあわせ、役割を分担して大判手漉きの会社として独立しました。設立時に役割がはっきりと分かれたこともあり、やなせ和紙は手漉きへの強いこだわりを持っています。

 

国宝文化財にも紙を納める、高品質を作り出すやなせ和紙ならではの和紙

手漉きの大紙屋はたったの5社。数は少ないですが、それぞれに得意とした技術を生かしながら競合しています。

やなせ和紙が得意とする紙は、「無地」の紙と「雲肌」という模様のある紙。

「無地」と聞くと、模様がある紙よりは簡単に漉けそうなイメージがあるかもしれません。しかしその実情はものすごく気を遣い、手間のかかる紙だといいます。

無地とはつまり、一切のゴミも許されず、傷があってもいけません。無地の紙は、表面がすべすべでハリ感があり、紙全体から光沢をみることができます。それは、一般的に想像する和紙のざらざらしたイメージとは異なる質感です。漉き方も張り方(紙を乾燥させるための鉄板に張る作業)も、一般的な紙と異なる方法を行うため、身につけるには相当な修行が必要だといいます。

無地の紙の使用用途は主に伝統的な唐紙(唐長の模様を木版でつけた紙)や、金砂子や金箔を貼る紙の下紙。どの紙も多くが文化財や寺社仏閣の襖紙として納められています。二条城などの国宝文化財に使われる紙も漉いたことがあるそう。模様を引き立たせるため、金の表情を邪魔しないためにも質の高さが要求される紙。やなせ和紙にはそれに応える技術力があります。

 

もう一つ特徴的なのが「雲肌」と呼ばれる模様紙。写真のように光沢のあるムラが雲のように見えるのが特徴の紙です。

下地用の紙を漉き、その上に光沢のある原料を流し込みます。桁の中では原料同士がぶつかり合い、混ざり合うことで複雑なムラが生じます。その自然な表情を紙に落とし込んだものが雲肌紙になります。

伝統的な模様ではありますが、やなせ和紙の特徴はこの流し込みの作業を2人で行うこと。2人で流し込むことで2方向からの原料の流し込みができ、より複雑な模様を作れるのだそうです。雲肌用の道具が昔から2つあり、伝統として受け継がれてきたやなせ和紙独自の技法だといいます。

その他にも、普段から紙漉きの原料が余れば、自分たちで漉き方を実験しているそうです。単に紙漉きといえども、漉き方から乾かし方まで様々。最近では、従来の伝統的な紙漉きに囚われないような紙の模様を求められることも多いのだとか。問屋からの注文にも答えられるよう日々の仕事から試行錯誤。面白そうなものがあれば紙漉きに応用できないか、日々探求を怠りません。

近年では和室が作られることも減ってきており、襖紙の需要も減っています。大量受注をすることもなくなりましたが、その反面、内装や壁紙、展示用として使用される立体的な表情がある紙を求められることが増えました。特に商業空間などに展示されるものは、基本的な襖紙より大きなサイズが必要。やなせ和紙は様々な需要にも応えられるよう、最大1m×3mの大きさまで紙漉きをすることができます。

 

「できない」は言わない。チャレンジから生まれた唯一無二の和紙の立体物

やなせ和紙を代表する製品として「harukami」シリーズがあります。生の和紙を型に貼り付けてつくった立体的な小箱です。現在展開されているのは[moln](雲)と[cobble](石)の2種類。どちらも自然をモチーフとした柔らかい形で、どんな暮らしにも馴染むプロダクトです。

きっかけになったのは、2015年に参加していた海外向け商品開発のコンペ。伝統産業に関わる会社とデザイナーとのマッチング企画で、デザイナーと意気投合し製品化へとつながりました。

型さえあれば、ある程度はどんな形でも成形可能なこの技術。越前和紙の産地でも目を見張るものですが、その原形は製品化のさらに4、5年前から生まれていたといいます。

10年ほど前、和紙の女紙クラブ(紙漉きに従事する女性方のグループ)にある依頼が入ります。それは、越前打刃物の製品用に立体のパッケージを作ってほしいという内容です。刃物のデザインに来ていたデザイナーが越前の産地を強調したいという思いで生まれた依頼でした。

当時は和紙で立体をつくるという技術はおろか、発想さえもありません。他の会社は皆「うちは無理や」と続々と辞退していきます。そんな中、やなせ和紙さんだけが、「やってみます」と手を上げました。

しかし、形になるまでは苦難があります。箱といえば四角いイメージ。紙の原料を詰めて原型を作った上に紙を貼り付けることで試行錯誤。なんとか立体にはなったものの、精度として世に出せるものには至らず。結果として、その時のパッケージには採用されませんでした。

それでも、この経験がやなせ和紙の大切な糧になります。ある程度形にすることができたこと、ノウハウを自分たちで考えたことは意識の幅を広げるきっかけになりました。それ以降も、生の紙を貼る技術や、紙の原料の研究を続けていきました。

今のharukamiに使われる紙は楮と木材パルプの割合がおよそ半分ずつ。楮だけでは頑丈すぎるし、木材パルプだけでは弱すぎる。形にするには「強いけれど弱い」という数値化できないラインを、職人ならではの経験で培った調合で作られています。それも、この当時の研究があったからこそ。

そしてとうとう、「和紙の箱」という商品で地元のショップで販売できるまでに至りました。

「自分たちでできるところまではやった。じゃああとはデザインなんじゃないか。」

柳瀬晴夫社長は、「上手いこといったらいいな」ぐらいの気持ちで、流れに身を任せてコンペに参加。その結果、今のharukamiシリーズ誕生につながりました。

「基本的にできませんは言わない。やってみますって絶対言う。やってみた結果うまくできませんでしたはいいけど、やる前からできませんは言わない。それが、今の社長のやり方。
最初も、それでとりあえず手を挙げてみた。できなかったけど副産物として和紙の箱ができた。そして、これをしたからmolnやcobbleができた。最初に箱が作れませんかって言われたときに手を挙げたから今に繋がっている。」
と、やなせ和紙の柳瀬翔さんは語ります。

やなせ和紙のチャレンジ精神が生んだ産物は、和紙に革新的な技術をもたらし、国内外で多くの人を魅了しています。

 

産地を大切に思う、自分たちの役割を探して

魅力的かつ高品質な紙を漉き続けるやなせ和紙。そこには、いつも真摯に和紙に向き合う社長の理念があるといいます。そんな会社を継ぎたいという思いで入社した柳瀬翔さん。彼にこれからのものづくりについて伺いました。

「家に和紙がないと、触れる機会なんてほぼない。子ども時代、家に襖があったから僕は襖のことをある程度知っている。けど、家に襖がないと、和紙に触れられるのは授業とかで出てきたぐらい。
となると興味を持ってもらうためには、家庭内のどこかに和紙がないと、子どもが興味を持つことはない。興味を持ってもらわないと、うちまで届くことはない。
届いてくれればそこから何か、工場を見てもらうでもいいし、誰かに面白かったよって伝えてもらえれば、そこからまた(和紙と人が)繋がるし。襖でなくても、例えばmolnが置いてあるでもいいし、障子紙が、和紙が貼ってあるでもいいし。

そう思うのも産地のため。1人で生き残るよりはみんなで頑張ろうが越前和紙のスタイル。この産地の中にいろんな会社があるけど、僕は1つの会社の中にたくさんの部署があるようなイメージを持っている。良い和紙を漉き、使ってもらうという気持ちは皆同じだから、基本的な情報はみんなおっぴろげ。

あいつを出し抜いてやろうよりは、あいつがあっちで頑張るんなら自分はこっちいこう。全然違う方向を向いて棲み分けを作って、みんなで生きていこうがある。」

「産地」を意識するようになったきっかけとは。

「会社は中学くらいから夏休みにお手伝いをして、お小遣いもらってっていうのをよくやってた。子供でもできることとかやって、遊び場兼お小遣い稼ぎの場所みたいになってたんで。そこが無くなるのは嫌やなって。いざ、今の会社に入ったら、職場のみんなが親を知っていれば子供も知ってるっていう田舎特有の状態で、最初から名前で呼ばれるし。みんなが近いんで、みんなが家族みたいに接してくれるし、みんなが仲間みたいに接してくれる。」

「生活の中で普通に触れられる和紙。生活の中に和紙がある状態をどうやって作っていくか。身近にあることが、興味の生まれるきっかけになる。マルシェとかに積極的に参加するのも、知ってもらう・触ってもらうため。和紙を全然知らない人がこんなのもできるんやーって言ってもらえると嬉しくなる。」

「触れないでいれば、別に困ったことがあるわけではない。必須なものでもない。それでも自分の生活を豊かにするために。襖を見て綺麗やなって思うだけでもいいし、商品を見ていいなって思うだけでもいいし。手元におきたいって思ってもらえたらそれが一番嬉しいってだけの話。
だからこそ、人の目につきやすいものを作って、人の目があるところに行く。

入り口はどこでもいいから、うちに来て買ってくれたら嬉しいなぐらいで。とりあえず和紙に触れてくれて、買っていってくれたらありがとう。」

和紙を多くの人に届けるために、産地全体を家族のように思う。第一に柳瀬さんのご家族を見ているとその仲の良さに微笑ましくなります。これからも続かせていく紙作りに期待が募るばかりです。

やなせ和紙では最低一枚から、小ロットの紙漉きも柔軟に対応しています。暮らしに和紙を取り入れる、そのきっかけにやなせ和紙を選んでみてはいかがでしょうか。

▼会社情報・お問い合わせ先
・企業名:有限会社 やなせ和紙
・住所:〒915-0234 福井県越前市大滝町24-21
・電話番号:0778-43-0639
・メールアドレス:yanase@washicco.jp
・サイトURL:https://washicco.jp
・従業員数:3名
・設立:1975年創業
・問い合わせ方法:メールまたは電話、HPの問い合わせフォーム

(文:深治遼也)

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